あさちゃんの子の刻コラムの時間です。

 

 

でも今回は、

本題に入る前の前置きみたいな話です。

 

 

 

20年近くに高槻にやってきて、

高槻の嫌なところしか目にうつりませんでした。

「なんて地元に執着した人たちなんだろう、

仲間意識が強い反面、そうでない人をはぶらせる感覚が

無意識で。

本能レベルで培われている。」

 

そう感じていました。

 

 

 

それでも高槻を離れなかったのは、

ときどき出会う人が 熱くて優しかったからなのだと思います。

 

 

でもやっぱり ふと現れるモンスター。

 

 

「それ高槻だからじゃないで、

何処でも一緒やで」

そう言ってしまえば話は簡単なのですが、

わたしが敢えて 高槻にこだわって書くのは、

今では高槻に感謝の気持ちが

芽生え花を咲かせ

自分の心の土に根付き始めているから。

 

 

 

 

どこに行っても、この花を持ち続けれるようになったとき、

わたしはやっと

高槻で経験した楽しかったことにも嫌なことにも、

心の底から感謝して

次、わたしが行くべき土地へ移るときがくるのだと、

ただの直観だけど根拠のない確信を持っています。

 

 

 

これだけの思いをしながら離れずにお世話になっているのは、

わたしにとっては高槻が間違いなく縁深いから。

 

 

 

本当にありがとうございます。

 

 

本題は、

わたしの本能か潜在意識か魂かが動きだして

今、わたしが物理的にも動き出している新生活の話です。

 

 

 

 

京都に通い出している、

お話です。

 

 

 

 

ではまた次回。