こんばんは。あさちゃんの子の刻コラムの時間です。今日は1月27日。

 

 

今日は、わたしが小学6年から中学3年まで片思いしていたK.I君の話です。

 

 

K.I君は5年生の春に転校してきた。

小学生なのに蝶ネクタイを付けていた。サスペンダーで半ズボンなんか履いたりして顔だちは昭和の男前で、おぼっちゃまくんをちゃんといい男にしたみたいな子だった。

わたしが育った大名行列の呪いの町では見たことないような雰囲気を持っていた。

K.I君は運動神経も頭も性格も良かった。

男子にも女子にも人気で、中学に入ったらクラス委員をして先生にも好かれるような真面目っぷりなのに、ヤンキーまでにも「I」、「I」と下の名前で呼ばれて慕われていた。

 

 

 

 

わたしは中学のときはソフトボール部に入っていた。

中1の夏前の自然学校の写真に映っていたのが中学時代では最後の女子な姿で、

それからは美容院に「赤ちゃんと僕」というマンガを持って行って「榎木拓也の髪型にしてください」とお願いして普通~のショートカットになり、

中3の夏には受験勉強の合間の暇つぶしに勉強机に洗面器を置き、その場で文房具のハサミで髪の毛をザクザクと切り出し、

でも後ろは手が回らないからサラサラのままで、

頭部とサイドはツンツンの角刈りとスポーツ刈りが混ざり、後ろだけはサラサラの、謎のショートカット

という暗黒のヘアー歴史を過ごしていた。

 

 

 

 

そんな謎の角刈りのわたしも、すっかり、K.Iくんに惚れていた。

 

 

 

 

 

わたしは、繊細なのか図太いのか、自分でもさっぱりわからくなることがよくある。

 

 

わたしはそんな感じの風貌で、ちゃんっと3年間漏れることなくバレンタインのチョコをK.I君にわたしていた。

 

 

 

まあ、当時の大名行列の呪いの町で中学生が付き合ってるなんか、ヤンキーかマドンナぐらいやったから、

庶民のわたしがバレンタインにチョコ渡したところで「答えを求める告白」みたいな感じにはならず、

ただ「好きやねんで、ただそれだけやねんけど」っていうのを、言葉では何も言わずに伝わるだけで満足だった。

 

 

 

K.I君のおかあさんは、やっぱりちゃんとした人で、ホワイトデーには、K.I君の手からお返しをさせていた。

K.I君とわたしは家がすごく近所で、K.I君がホワイトデーに家までお返しを持って来てくれた。

あのときのわたしの口から出た「ありがとう」は、人生で一番純粋な「ありがとう」だったかもしれない。

K.I君は「うん」とちょっと気まずそうに爽やかに笑って、そのまま家と反対方向に歩いて行った。

たしか紙袋みたいなんを持っていたから、お返しに回っていたのだろう。

誰や、他にご加護を受けてた女は。

 

 

 

 

その純粋なバレンタインは中学1年2年と続き、

中3のバレンタインに、キテレツ展開が起こるのだった。

 

 

 

 

 

 

後編へ続く。