おはようございます。
あさちゃんの子の刻コラムの時間です。
この、出会いの話もアメブロ時代に書いていますが。
今のアトリエを始める準備の時に出会ったから、もう7年前。
アトリエを始めるために、当時2歳の末っ子を連れて日曜大工的な作業をやっていた。
目の前に小学校があって、
その頃スクールカウンセラーで、その学校に出入りしていたTさんという女性と知り合った。
気づいたらよく話すようになっていて、
息子さんが音楽をやっていてライブがあるから良かったら来てほしい・と誘ってもらった。
それがすべての始まりだった。
3マンライブで、他のアーティストも出演していたのだけど、
そのときに出ていたカニコーセンという人に、心を持って行かれた。
更にさかのぼって、そのときから10年ぐらい前に、
民生を目的で行った野外フェスで初めてトモフスキーを見た時以来の衝撃だった。
いろんな素晴らしいアーティストを見ても、
そこから、その人だけのライブに行くことには中々つながらないもので、
そんな中、わたしはすっかりカニコーセンの推し活にハマっていった。
SNSでギリギリアウトな発言をしちゃうとこもブログで自分と向き合おうとするところも、
実はカニコーセンの影響だったりします。
だから、
(先にネタバレを書いてしまうけど、日曜日に2年近くぶりにカニコーセンのライブで会ったときに)
「忙しいからか、SNSでぎゃあぎゃあ言わんくなったなあ」言われて
「カニさんにだけは言われたくない!!」と即答した。
笑ってはったけど。
2年前に元夫が死んだとわかったとき、
わたしはバイトで南平台の方まで行っていて、バイト先の所長に連絡してから、
しばらく、あくあぴあ芥川の裏に座り込んで、ただただ呆然と川を眺めていた。
川を眺め呆然としながら
カニコーセンに「元夫 死にました」と、メッセージ送っていた。
カニさんから「普段通り、怪我なく。」と返ってきたメッセージを読みながら聞いていた芥川の中流の音は、今でも覚えている。
わたしの父親が ALSと確定したときも、
色んな葛藤が渦巻くわたしに対して
「無理に行かなくていい」と、
たぶん誰もが口に出せないようなことを言ってくれたのはカニコーセンだった。
だからこそ、
わたしは父親を嫌う自分を少しだけ赦せて、父親のことも赦したいと思えるようになり、手助けに通うようになった。
「え、一体どんな関係なん?」と人に聞かれたとしたら、
「ヘンなミュージシャンと、ファンです」て答えしかないけど。
そうやって、カニコーセンは
一般的な慰めや励ましやお説教の言葉なんて
もう届かなくなってる人たちの、
心の杖になる歌やブログを、
書いてはります。
1年半くらい前から、
わたしが家庭をまわすのが大変なのと父親が亡くなったりでライブも行かなくなっていた。
日曜日、
わたしはいつも通りルームキーパーのバイトに行き、
帰りに平等寺に寄り手を合わせ、
電車に乗って高槻に戻っていた。
頭の中も、いつもどおり、
今、わたしの心を穏やかにしてくれている人の体調の心配や「次は会えるかな」ということで満たされていた。
そんな中、
本当にいきなり何の前触れもなく ふっ と
カニコーセンのことを思い出した。
そして、
「そう言えば長い間ライブ行ってないな。
今日 夜勤ないし 近くでライブやってたら 行こかな」と思い、ホームページを開けてみた。
「えっ!」
高槻でライブの日だった。
えーと、これは、、行きたいなぁ。
バイトでなく家を空けること、子供らに何て交渉しよかなぁ。
こないだ飲みに出る時に正直に話したら
「ママ、それでいいねん。正直に言ってくれたらいいから」
って、末っ子に言われたからなぁ。
でも、2週間くらい前に飲みに出たとこやしなぁ。
と、悶々としている間に高槻に着き、
改札を出ようとしたそのとき。
え?
ちょっと待って。
3メートルくらい前に、
背中にギターと傘を背負い、
キャリーケースと自分を改札に通らせているカニコーセンを見つけた。
「カニさん!
カニさん!!」
2回声をかけ、振り向いたカニさんは
リアクションほぼ無で
「おつかれさん〜」
と言っていた。
わたしは、なぜだか、つい
「えっ、今日高槻?」と、たった今初めて知ったかのような嘘をついてしまった。
本当はもっとすっごいエスパー働いてたのに。
今回、
わたしの、
その超能力のことが一番書きたかっただけです。
でもまぁ、
ライブも出演者みんな良くて
ラストのバンドに関しては、
最初ドラムの女の子のことを可愛い可愛い言うてたわたしやけど、
見てるうちにいつの間にかギターボーカルの歌唱力と、あと正直、イケメン顔にも釘付けになっていた。
サブスクに入ってないらしい曲の熱唱がめっちゃ良かった。
カニコーセンがワンマンライブすると、
最近はすっかり、満席完売なったりしてはるみたいなんやけど、
ファンはみなさん素敵な味のある方ばかりで、
この日のライブイベントは、少し色が違うかったのか、
カニコーセン目的のお客さんは、わたしだけだったらしく。
だもんで。
カニコーセンファンのギャル・おばさん・青年・おじさん、
すみません、この日、ちょっくらカニコーセン独り占めさせていただきました🙏
すみません。
駅前で飲もうとしてたら、
何か音楽してるらしい黒人の男性がギター持ってるカニさんに声かけてきて
「日本語わかる?ヨーロッパ人かと思タ」て、なんや調子乗った感じやって、
「オレも酒買ってくるワ」言うから
「あー、ごめんなさい!
今めちゃくちゃ久しぶりで時間も限られるんで、
すみません」
て、わたしはハッキリ断った。笑
一瞬 「お前に言ってないわ」て、イラっとしてはるんがわかったけど
そんなん、どーでも良すぎた。
終電で帰って行くカニコーセンの背中をいつまでも見送ることはできなかった。
ねるとん の、ちょっと待った を言いそうだったわけではなく、
食べさしの すっぱむーちょが自転車のカゴからこぼれないかが気になって仕方なかったから。
離婚からの、
子育て奮闘・父親の難病・元夫の死・父親の死。
わたしの40代前半が、人生の第何章かを描く物語で、とりあえず一旦幕を閉じるとしたら、
エンドロールの、
一番最後の特別枠に出てくる名前が、
カニコーセンなのです。
あくまで、
わたしにとっては。
の、話。
では、また次回。
