昨年の年末。
40歳~のブレイクダンス教室「over40」の忘年会があった。
場所は、先生たちのお店の鉄板居酒屋らぷらぷ。
先生おふたりも一緒に飲みながらわいわいと盛り上がっていた。
途中、話の流れやきっかけなんてとっくに忘れたけど、
アヤ先生が、over40の新しいめのおふたりに
(でも元々ブレイクダンスをしておられたのでダンス歴は私よりも全然、先輩)、
わたしの人間紹介みたいなんを話し始めた。
アヤ先生もコースケ先生も、けっこうわたしのブログをちゃんと読んでくれてはって、
特に、わたしに直接「やばかった」と言ってくれたのは、
アメブロで書いていた頃の記事で、
京都に住んでいた頃の20代前半、母がたまに送ってきてくれる荷物に入っていたイオン(当時サティー)で買ってくれたヘソが隠れるようなでかいパンツを真面目に履いてブスばっかりのクラブキスに出勤して身体の線がくっきり出るキャバクラの服着ていた源氏名きみちゃんのわたしのことを、
マニアックな客たちが情報交換している2チャンネルみたいな掲示板で「クラブキスのきみちゃんはパンツがでかい」って書かれていた話。
と、
わたしが小学2年か3年の時にM君て子を好きで、Nちゃんて女の子もM君のことが好きで、わたしとNちゃんでM君を取り合ってたんやけど、
Nちゃんはなかなかのキテレツ女子で、M君の気を引く為に公園にM君や他の同級生を呼び出して
「毒を飲みます!!」って、公園の雑草を水道水ですり潰して一気に飲み干していたっていう、話。
その忘年会のときに、アヤ先生がわたしのキテレツ具合を紹介してはったんやけど、
「最近ブログがなくて面白くないわ~」と言っていた。
その言葉を受けて、わたしは説明した。
「今回の台本作りを通して、自分の文章でちゃんとお金もらいたいな…ってちょっと思いはじめてて。
何カ月かに1回、印刷代が安くてできる小さい雑誌みたいなんで挿絵も描いて、売ってみようかなって思ってるんです。」
”今回の台本作り。”
そう。
アメブロの2年ほど前の記事で狂言のワークショップに参加したことを書いているんだけど、その同じ場所で同じスタッフが企画する”創作プログラム”の、
前回とは講師も内容も異なるプログラムに参加したのでした。
このときの詳しいことは、
今回の記事に書き収めるにはあまりにも思い入れと創作苦労と思い出が大きすぎるので、敢えて省きますが。
狂言のチラシを見つけた時のことは今でも鮮明に覚えている。
元夫が死んだ1カ月も経っていない頃で、真っ暗な暗闇の中、とにかく何もなかったかのように淡々と日常を送る中。
わたしは元々、公民館とか公共施設に置いてあるようなチラシはあまり見る方ではなかった。
あのときは、たまたまお手洗いに用事があり島本のコミュニティーセンターに入って歩いていた。
チラシが並んでいたけど普段通り素通りするつもりだった。
でもなぜか、目に飛び込んできた、狂言のチラシが。
「?」とチラシに寄って行き手に取り講師のプロフィールを読むと、「狂言師・喜劇作家」と書いてあった。そして実際に自分で脚本を創るワークショップだった。参加費は無料。
三谷さんの作品が好きなことは何回も書いているけど、台本がそのまま本になったのを読むのも好きで、台本のこと学べる場所なんかあるんだろうか?とは、もう何年も漠然と思っていた。
チラシを最後まで読んだとき、暗闇に光が射したのだった。
そのままセンター内の机と椅子がある場所を探して、その場で申し込んだ。
それからは、もう無我夢中だった。
地獄で相変わらず酒を飲み閻魔大王を振り回している元夫の喜劇を創った。子供たちも巻き込んで、一緒に舞台に立ってもらった。
それを、アヤ先生は観に来てくれて、終演後「悔しいわ~笑いに来たのに…」と言いながら「あかん、またや」と涙を流してくれた。一緒に来てくれた息子さんも、涙声になっていた。真剣に観てくれたのが伝わってきて嬉しかった。
そして今回の台本作りからの上演。
わたしは本番のたぶん1週間前に構成を変更した。
一瞬、スタッフと講師の空気が凍り付いたのが解った。
まあまあピリついてるのも感じたし、わたしはこの想いを目の前にいる人たちに念で飛ばすしかできなかった。
スタッフが「これまでのも面白かったですよ。」とやんわりフォローしてくれていると、講師の神里さんが「確かに(新しい構成は)面白いとは思います。やりたいのが見つかっちゃったんですね。でも明後日までに台本仕上げてこなかったら、もうどうすることもできないですよ。」と言い、わたしは「やります。」と答えた。
日常の仕事・子育てと並行してたから、ほぼ2日間徹夜で書き上げた。
それにしても、狂言の時の千之丞先生も今回の神里さんも、素人参加者のわたしからしたら、
「よく最後まで向き合ってくれたなあ」と、つくづく思う。特に神里さんにおいては、もう、あれ、神里さんの守護霊も怒ってはったもんな。
2回とも参加者に脱落者が出なかったのは、それが答えだと思う。
実は今回、発表会と他の仕事絡みの用事が被っていて、問題なく舞台に立てるかかなり怪しかった。
だから誰にも「観に来て」とは言っていなかった。
結局、当日、雨で仕事関係が中止になり発表会の舞台には無事に立つことが出来た。
最後の挨拶のときに、客席に、本当だったら今頃高槻で一緒にイベントしていたはずの仲間の姿を見つけた。4人で来てくれていた。まさか、来てくれるとは…
この台本を、わたしのことを知ってる人に見てもらえたか~。
恥ずかしいような嬉しいような。恥ずかしいような。
1週間後。
ブレイクダンスの、あるイベントに関しての確認をするために、アヤ先生にLINEした。
返信に、
「舞台、最高に面白かったです。アサイさん泣くから、また泣いてしまった。笑」
と書いていた。
今、絵の仕事も増えてきているし、実際にどのくらいのペースでブログを書けるかわからないけど、やっぱり、書いてみようと思います。
書きためたら、挿絵付きでかわいい月刊誌っぽい印刷物にしたいなーとは、今でも思っています。
挿絵はブログでも描くときあるので、印刷物の特権はかわいいイラストの表紙かなあ。
このブログを見つけてもらいやすいように、ホームページのトップ画面にバナーをつくってもらうことになりました。楽しみです。
ブログ名は…
「あさちゃんの子の刻コラム」です♡
今回の記事は、言わばプロローグ。
次回の第1回目は…相応しいのは…
過去にも書いたことあるけど、わたし何を気にしてか一度その記事を消しているようでした。
シーズン的にもぴったりだし、わたしのキテレツな中学時代を物語っている、4年間片思いしていたK君へのバレンタインのエピソードにしたいと思います。
では、また次回。
おやすみなさい。
